Wednesday, September 19, 2012

世界の車窓から、モザンビーク編☆彡


地方のラブホテルみたいなロッジで超不快な夜を過ごしたあとは、12時間の列車の旅でした。
前日に2等席の切符が幸運にもさくっと買えたので、とりあえず一安心。
3等車で旅した同期によると、普通のイス席にこれでもかってほど人を詰め込み、とってもしんどい旅だったとのこと。
私たちは、指定のコンパートメントがあてがわれたし、横になれるスペースがあったから、本当によかったよ~。

てなわけで、4時過ぎにロッジを出て、5時発の電車に乗りました。
私とぴっぴは1月11日以来、KくんとMくんは9月26日以来の電車です♫ちょっと日本が懐かしくなったよ~(((o(*゚▽゚*)o)))
世界の車窓から、のテーマソング、思わず口ずさんじゃった♫

基本的に車窓は、大体マラウィと同じなのであんまり目新しいものは、ないかな~。ただ、電車にゴトゴト揺られてるってだけでうれしかったのですヽ( ̄▽ ̄)ノ


ちなみに、これは睡眠中のぴっぴ。
全員で寝たら、盗人に金品を持っていかれるので、2人が寝て2人が起きるっていうチームワーク作戦で臨みました。


10分に一回くらい、駅に停車します。その度にいろんな物売りがよってきます。
大抵、トマト、玉ねぎ、ニンニク、ソフトドリンク、よくわからない揚げパン、たまにチキン、って感じ。
がっつりお腹を満たせる食べ物が売られていないので、私たちはお腹を空かせた子羊でした。

 
 
 
11時間後、予定より早くNampulaという街につきました。
この日の夕飯は、この街に住む協力隊員の皆さんと美味しいご飯を食べに行くっていうプランでした。
 
早速、イカ、頼んじゃったよ~!
マラウィでは味わうことができなかった肉厚のイカステーキ!
あ~、おいしかった♫
 
 
この日はMくんの26歳の誕生日だったので、皆でお祝いもしました。
・・・でも、うちらプレゼントとかしゃれたものを全然用意していなかった・・・。
ほんと、ごめんなさい・・・。
 


 

そうそう、この写真!かわいいから載せちゃう!
電車の中であんまりにもお腹がすいた4匹の子豚ちゃんたち☆
ひもじさに耐えかねて、トマトを買いました。
 
これで飢えを満たしたのです・・・。せっかく旅行に来たのにこんなの悲しすぎるよね・・・(笑)
でも、窓枠においてみたら可愛いから、ま、いっか!(´・ω・`)

Tuesday, September 18, 2012

モザンビーク入国!

 
陸続きの国境越え、おもしろいですね~。
9月7日、マラウィからモザンビークに入国しました!!
入管のある街に行くと、自転車タクシーのおっちゃんたちが20人くらい群がってきました。
入管で出国のスタンプを押してもらうと、自転車の後ろに乗って、普通の住宅街と畑が広がる中にある一本径を通り過ぎます。5キロくらいでしょうか。
それで、モザンビーク側の入管が見えてきます。簡素な木の棒が置いてあって、そこをまたぐと入国完了。その後モザンビークの入管に行き、手続きは終了。
 
 
そこからまた自転車タクシーにのって町の繁華街に行きました。
この時点では、マラウィの公用語のチェワ語がガンガン通じます。
・・・って、当たり前だよね。現地の人たちは国境をフリーパスで出入りして生活しているんだもの。
陸続きの国境越えって・・・アフリカの国境の線引きのしょうもなさって・・・
ぷふふ(・∀・)日本にはないざっくりとした感じが、いい!
 

ちなみに、一枚目の写真は、モザンビークの国境側にある、マンディンバという街で撮りました。
初代大統領の写真です。
この国は共産主義だったらしく、政治&歴史マニアのMくんはかなり興奮していました。


 
私としては、2枚目の写真の方が興味をそそったんだけどね。
1992年まで内戦でドンパチやっていたモザンビークの傷跡らしきものが残っていました。
これ、なんすかね?UNHCRが物資を保管していた倉庫?もしくは難民のシェルター?
なんだろ~!!!!!
今はマラウィとは変わらない平和な雰囲気のモザンビークの悲しい一面でした。


 
さてさて、マンディンバから3時間ほどミニバスに乗って、Cuambaという街にでました。
次の日、ここから電車に12時間乗って目的地に近いNampulaという街に向かう予定だったので。

泊まったロッジはあまりにも外れでした・・・。ち~ん。
まずもって、水道が通っていないのです。あ、ちょっと語弊があるかな。

まず一つ目。水道設備はあるけど、水が来ていない。というわけで、部屋には水が入っていない大きなポリバケツが。。。これで、朝までトイレとシャワーと洗濯をやり過ごせっていうことなんです。
 
そして二つ目・・・トイレのドアがない。シャワーカーテンで申し訳くらいに仕切りがしているだけ。
もーさ~、プライバシーだなんて、一応ってなもんなのです。
ルームメートのぴっぴと私。距離感グっと縮まったよね(笑)
 
さらに3つ目・・・蚊帳が小さすぎて全く機能を果たしていない。
ベッドサイズよりもはるかに小さいサイズだから、ベッドを包み込むことができない
イコール、蚊にさされまくりなこと請け合い!な、わけです。

MくんだったかKくん曰く、地方のラブホテルのような下世話な柄のベッドに私とぴっぴは身をうずめました。蚊がブンブン飛び回って刺してくるし、お外では明け方までHip HopのParty Musicがガンガン流れているし、全然眠れぬ夜を過ごしました。
 
この宿のおかげで、女子二人は確実に体調を崩しました。これからの旅程に大きな影響を与えたのです・・・ふふふ。
 
 

 
 

Monday, September 17, 2012

モザンビーク日記:出発しんこ~!


9月7日から14日まで隊員の友人とモザンビークに行ってきました。

同期の妹分ぴっぴ、わたしらより3ヶ月早くマラウィ入りしたKくんとMくんと行きました。
ぴっぴは、基本的に正のオーラがでてる元気っ子。
Kくんは文字通り体育会系なハンサムガイ。心がとってもまっすぐです。
Mくんは・・・きっと現在マラウィにいる隊員の中で一番エキセントリックなオカマさんです。超おもしろくて何度も私の涙腺はゆるみました。

9月6日、Mangochiという南部にあるモザンビークに近い街に移動すべく、首都のドミトリーでMくんと合流し、いざ出発!
いろんな人から彼の変人ぶりを聞いていましたが、ウマがやたら合うようで、ミニバスでのおしゃべりは女子会みたいに楽しいのです~♫


・・・が、さすがMくん。楽しいだけじゃ話が終わらなかった。
夕方前くらいにMangochiに着く予定が、だいぶ遅くなってしまいました。
というのも、ミニバスが発車するまで3時間近くかかったのです。
※マラウィというか、アフリカ諸国では、お客さんが満タンになるまでバスが発車しません。
そして、やっとこさ発車したミニバスが壊れ、何度か途中で止まって修理をしなければならなかったのです・・・。同乗者に事の次第を聞いてみたところ、エンジン内部のプロペラ(そういう部位があるのですね)が壊れ、応急処置をしたものの再度停車するのも時間の問題とのこと。

いや~!!!!Mangochiにその日のうちに着けるのか怪しくなり、ちょっと焦りました。
仕方ないから、途中で降りて3回ほど違う車に乗り換えて、遅くなってからやっとこさMangochiにつきました。段々時間が遅くなるにつれ、ちょっと怖かったんだけど、2つ年下のMくんが、結構お兄さんキャラを発揮してくれたので、無事に目的地に到着しました。

みんなの顔を見たとき、ほっとしたぞ~~~~~!!!
膝からカックンと崩れそうになった(´・ω・`)

MangochiではMくんとKくんの同期のTくんちにみんなでお世話になりました。
お土産にもっていったピザポテトを開き、ビールで乾杯という、ちょっとお疲れな一日でした。

なんちゃって任国外旅行、Dzaleka難民キャンプ

 9月2日、先輩隊員とマラウィ国内にあるDzaleka難民キャンプへいってきました。
毎年一回発行するマラウィ隊員の機関紙、E-zikomoに記事を載せるためです。
ここでたくさん書いちゃうと、記事に書く事がなくなるので、あっさりふれます。
まず一枚目の写真。エチオピアからの難民が経営するレストランの壁。
マラウィ人では絶対真似できない素敵な内装です。


難民キャンプっていうか、普通に人が仕事して暮らしてる、街。
でも、たまにフランス語が飛び交ってて、地味に国際的な空間。
コンゴやルワンダから来た人だってさ~。

生まれて初めてソマリア人と接触!
生まれて初めて水タバコにトライ!
ソマリア人のおばちゃま宅を訪問し、しばしおしゃべりしました♫

 イスラム女性がかぶるスカーフみたいなやつを着てみた。
私がかぶるととっても丸く見える(笑)
いすらみっくびゅーてぃーとはかけ離れてますね(^-^)
本気で水タバコを吸い込むおばちゃま。
1991年ソマリアの情勢が悪化してからいろんな国をさまよい続ける、筋金入りの難民です。
その割にポジティブに力強く生きてる!、すごい!!!

ぴっぴとNkhotakotaの旅

 
 
八月半ばでしょうか。
同期の妹分、ぴっぴと一緒にモザンビークに遊びに行くことになったので、VISAをとるために首都で集合しました。そのあと、週末だったので、なんとなく首都近くのNkhotakota(コタコタ)という街でプチバカンス。
 
首都からミニバスで四時間くらいの湖沿いの街。メインロードを降りてから四キロかけてロッジまで歩きました。めちゃくちゃ歩くて汗ダクダクでした。
 
なんでここに来たかというと、ロッジにキュートな陶器がたくさん売ってるとの噂を聞いたから!
女子二人で、お皿とか、コップとか、かわいいものが見たくなったのです♫
 
そして、おいしいチーズケーキがあるって聞いてたから!!!
 
ロッジのお店についたら、ぴっぴはカップとお皿をいそいそと買い込んでいました。私は、前任者が残していってくれた素敵な食器があるので、特に買い物の必要は無し。
でも、せっかくの記念として、カバの灰皿を買いましたヽ(*´∀`)ノ

週に一度我が家にPCの充電をする兼映画を見に来るアメリカ人のボランティアJくんが喫煙者のためです。これまでは、家にあったよくわからないアルミの入れ物に灰を捨てており、見た目が最悪。
女子力が下がりまくりだったわけです。

見た目的にあまりに残念だったから、かわいさを求めて買ってしまいました。
 

 

この写真は、実は、レストランのテーブルの写真。テーブル自体が陶器になってるのです!
で、一つ一つのテーブルに素敵な画が書いてあるの♫
田舎にある任地では決して触れることができないセンスの良さに、思わず見とれてしまいました。
これぞ、アフリカンアート♫♫

で、これがチーズケーキ!(^O^)
一口食べかけですが(笑)
上にかかった謎なクリームとチーズケーキの組み合わせがとっても美味しかった!!!!
Dedzaでも食べられるらしいので、まだ食べていない方は是非どちらかに食べに行ってください(*゚▽゚*)

ちょっと疲れていました

ここ3ヶ月ほどブログを更新できなかったのは、ちょっと疲れていたからです。
人付き合いと仕事両方。あと、お金。
でも、最近どうにか自分の中で割り切れるようになったので、少し楽になりました。


*人付き合い*
マラウィには90人近く協力隊員が入っています。北海道と九州を足しただけの小さな国土に、です。要は、密度が濃いのです。だから、必然的に日本人同士での集まりとかが多くなる。
でも正直、一人で過ごす方が楽です。

というのも、わたし、高校に入学したあたりから、集団行動が不得手になっていたのです。
(文化祭で焼き鳥屋をクラスで出した時も、盛り上がれず端っこの方でイベントを観察してました。)

集団でワイワイしてると、みんなに気を使わなければいけないので、疲れます。
基本的に協力隊でこっちに来てるみんなはとってもいい人だから、個人対個人でお付き合いするなら全然大丈夫なんだけど、大勢の集まりになると、ちょっと息苦しくなるのです。
集団で「いえ~い、盛り上がっちゃうぜ」ってノリが無理なの。
だから、一人で映画を見たり、庭の草むしりしたりする方が自分に合ってる。

でも、非社交的なのは良くないと思う自分も一方ではいる。

こんな自分だめだな~と考え込んでいたのです。

最近では、考えても仕方ないってことがわかったので、考えるのをやめました。
他人に迷惑かけないように生きれば、自分のスタイル変えなくてもいいわよね、と。

これからもマイペースで生きていきます。


*五百ドル紛失*
千三百ドル財布にあったのに、気づいたら八百ドルしか手元にありませんでした。
どこで紛失したかは心当たりがあるけど、100%確証してないから、明記できません。
ただ・・・、額が大きいのでへこみます。


*活動先にて*
私がこれまでやっていた会計のお仕事が全然グループのメンバーに評価されず、顰蹙をかっていたことがショックだった。
「あいつJICAからきたくせにちっとも働いてないぞ」、と。

これまでの活動。
前任者が残していってくれたバッグ作り。ビジネスとして長期的に続けていくなら収支の把握など、お金の計算もできなければいけないと感じて、会計のやり方を地味に教えてました。
マイクロクレジットみたいな、グループ内で少額貯金をして、手元の現金をメンバーのひとりが借り、残りのメンバーが返済の時に出る金利を受け取るってシステムの記帳方法を教えてました。
メンバーが作ったバッグを首都のOVOP SHOPで売るべく、担当者との橋渡しとして動いてました
(OVOP SHOPとは。国を挙げて頑張ってる一村一品運動でできた商品を売るアンテナショップ)

目新しいことをはじめるというわけではなく、これまでの組織力や基礎力を骨太にすべく動いていたの。私がやってることは、メンバーの了承を得るべく、仕事の内容の説明をしたあと会議にかけて裁決をとってもらったし、逆に彼らからのリクエストを受けてのこともありました。

内容的に、文字の読み書きが出来る一部のメンバーとしか直接仕事してなかったのよね。仕方ないんだけどさ。あとは、ほかのメンバーがどんなふうに働いてるかをじ~っと観察していたの。

ほいだら、(おそらく文字の読み書きができない)メンバーが発端となり、緊急会議が開かれたそうな。
「Seikoはうちのグループに来てしばらくたつけど、なんも働いてない。あたしらが働いているのを黙って見てるだけ。JICAから給料をもらってるからいいご身分よね。そもそも会計だなんてやる必要がなかったから、やらなくてもいいよね。別にうちらの集まりにも参加しなくても良くない?」という内容で。

あたしの前ではひたすらニコニコしているみんなだったから、正直驚きました。
しかも、緊急会議は、あたし&活動先のリーダー(イギリス歴30年以上の英語ベラベラLさん)抜きで行われたの。
ほいで、会議のあと、メンバーの代表がリーダーのところに会議の内容を伝えに行き、「Seikoには決して言うな」と口止めがあったそうな。
Lさん的には、そんなのフェアじゃないから私に話してくれたんだけど。


いやー、驚いたよ。これにはマラウィ人の大問題である嫉妬が理由としてあげれられる。
ここの国の人たち、他者が恵まれた環境にあったら、もんのすごい嫉妬するの。・・・で、思い切り感情的な言動に走ってしまう一面があります。普段はフワフワニコニコしているから、ギャップに最初驚いた。
今回の件は、文字の読み書き出来る人だけと働いて、全員と何かするっていう仕事がこれまでなかったことが原因みたい。(私としては、グループ全員でやれる活動は十分成熟していると感じたからなんだけど)

あたしも悪かったけどさ~、けどさ~、サミット開いといてあたしにだけ言うなって、どうなんですかね。単なる悪口大会で終わっちゃうじゃない。解決策を考えようっていう目的ならわかるけど。
彼らの思考の浅さにちょっとテンションが下がりました。

彼らは、今日のSimaが食べられればそれで良くて、明日のSimaのことは考えない、ととある現地の方が言ってたけど、その通りです。
やっぱりこの問題は、教育を受けてないことが問題なんだと思います。学校に行ってちゃんと教わることを教わって、学ぶことを学んでいたら、AをしたらBが起こるっていう後先を予想する力、つくものだよね。
マラウィにきてから、教育の大切さ、肌身で感じるぜよ~。


口止めされていたにもかかわらず、わざわざ教えてくれたLさんには本当に感謝感謝。
話を皆の前で聞いたときには、ショックすぎて皆の前で泣いてしまったけど、どうやら泣くほどのことではないらしいです。彼女もグループを立ち上げてきて以来、メンバーとのいろんないざこざがあったとのこと。だから、割と誰でも通る道なのかもね。

とりあえず、今のままの路線は良くないので、新たな活動の方向性を二人で話しました。
どうやら、私が考えていたことはビジネス色が強すぎて彼らのスタイルにはあっていない、とのこと。
うちのグループは、旦那をエイズで亡くしたあと、自分と子供もエイズだってことがわかった精神的にも金銭的にも大変な奥さんたちばかり。だから、仕事をがっつりやる前に、メンバーの娯楽を優先に考えて欲しい、とのこと。

彼らにとってわかりやすい、「目新しいこと」を導入してと言われました。


昨年会社を辞めてから、東京までの交通費を自腹はたいて、村落開発系の講習出ていた私。
そこでは、自立できるように援助をするっていうのが大前提だったけど、実際働いてみて、机上で学んだことのようにうまくことが進んでいくわけではないな、と感じた。
あくまで学びは学びであって、現状に合わせてうまく調整していかなきゃいけないんだよね。

今読んでる本にも書いていたけど、人から聞いたことを鵜呑みにしないで自分で見たこと感じたことを紡いで、「個別解」を出していかなきゃいけない。
それが、いっぱしの人間として生きるってことかしらね~。

とりあえず、なんも仕事してないって言われるのはもういやなので、目新しいことのワークショップを始めます。そして、土仕事でも何でも体動かしてやってみます。




以上、三つのことで精神的にガクッと落ちていた矢先。。。とどめを刺されました。
蜂に生まれて初めて刺されたのです・・・とほほ。
活動先のメンバーとの関係再構築を図るべく、お外のキッチンで昼ご飯を作るお手伝いをしていたときのこと。
なーんも危害を加えていないのに、ジガバチに攻撃されました。
クラゲに刺されたみたいな痛みです(笑)そこまで痛くなかったけど、刺されたという事実に慌てふためきました☆

きっと、ここまで落ち込んだ時期は、この2年間で最初で最後だと思います。
どん底まで落ち込んだので、もう大丈夫なはず・・・!!!