2月11日から2月13日まで、現地語の研修がありました。
マラウィに来たばかりの時(ちょうど去年の今ごろ)、10日間の授業がありました。
たった10日間ですから、挨拶くらいしかできません。そんな中、配属先にポイッと投げられた私たち。
同僚(オフィスにいる人たち、という意味)は皆英語ができる方たちだからいいけど、いざ活動先にいくとなると、村のアマイ(おばちゃま)達はほとんど英語が話せません。
私の片言の英語&現地語とジェスチャーで、とても原始的な意思疎通がはかられるのが常です。
日頃の活動では、英語ができる人が一人くらいどこのグループにもいるので、彼女たちに通訳をお願いしています。が、普段おばちゃまたちが何気なく話しているおしゃべりの内容が全然わかりません。これがわかったら、かなり活動に役に立つのになっていつも思っています。
というわけで、現地語の更なるBrush Upが必要な隊員を対象にした、2回目の講習が開かれました。
もともとの予定は2月11日日曜日から5日間。
ですが、私は質問事項を事前にまとめていたこと、早く任地に戻りたかったこともあり、3日間のみの出席でした。
参加者は、南部及び中部の共通語であるChewa語と北部の共通語であるTumbka語にクラス分けされました。
ちなみに、Chewa語は、私の知る限り少なくともザンビア、モザンビークで話されています。私が普段使うTumbka語も、少なくともザンビアでは話されています。
さすがアフリカ、国教はあってないようなものです。
近所の川を越えればモザンビークだ、とか、
何気ない道の右側がマラウィで左側がモザンビークだ、という話がよくあります。
現地の人たちはパスポートなしに行き来しています。
北部のカロンガという街は、タンザニアと国境を接しています。現地に住む隊員いわく、「タンザニアから先日タンザニア人女性が、サンダルを売りに来ていた。とても可愛かった」とのことです。
講師は、去年と同じ、M先生55歳。わざわざ北部カロンガから首都にお呼しました。
彼は、真面目っていうよりお茶目な性格で、下ネタが大好きです。結構な割合で、話が盛り上がると、マラウィの性事情を教えてくれます。
講習前に昨年のノートを紐解いたところ、とても卑猥なことが記されていて、ちょっと照れてしまいました。
今回の授業、カリキュラムは・・・基本的にありません。
先生の頭の中である程度ポイントは絞られていたみたいですが、何をするのか全く知らされませんでした。
基本的には、私たちの疑問点を拾い上げ、それに沿って授業を進めるという方式でした。
もうちょっと体系ばった授業がよかったなって思うのが正直なところ。
段取りの悪さは、マラウィにいる私たちにとって、甘んじなければいけないことの一つです。
気を取り直して、過去に学んで、他人(同僚やPeace Corp Volunteer(彼らは私たちよりも現地語学習時間が長いので助かった))に聞いてもわからなかったことをたくさん聞きました。
過去一年疑問だったことが解消されて、胸の奥底がすっきりしたな~。
あとは、語彙が増えるにつれて、Tumbka語がますます可愛く感じるようになりました。
語感の可愛すぎる語がたくさんあるんです!
てなわけで、
!Tumbka語キュート語録!
Chinonono(チノノノ)とPanonono(パノノノ)
→難しい、と、固い
同じ語感を頻繁に使うことが多いようです。
Pafupipafupi(パフピパフピ)
→ほとんど、とか、近い、とかの意
Eeenya(エーニャ)
→はい、とか、そうなのよね、とか。肯定の相槌をする時に使います。
語尾に、「ニャ」だなんて、猫ちゃんじゃないんだから!(>_<)
Garu(ガル)
→犬、です。鳴き声が名前になってるんじゃないかと思わせるものがたまにあるのです。
Nkhuku(ンクーク)=ニワトリ、とかね!
赴任当初は、夕食のあとに家の周りで何匹も遠吠えをするのが怖くて、Garuって名前に妙にイライラしていました(笑)
ちなみに、文法は割と英語に近い気がする。
だから、そんなに難しくはないと思います。
名詞の変化はとても複雑だけど、現地の人が喋ってるのはなんとなくわかるし、自分で意思発信するときには、間違ってても皆さん理解してくれる程度なので、心配するほどではありません。
今回先生に質問した事項としては、「ちょっとしたニュアンスの変化」についてです。
語尾を、少し変えると、ちょっとおねだりする雰囲気になったり、相手の体調を思いやるニュアンスが出たり、っていう。
隣人にコカ・コーラを買ってきてくださいなっていうフレーズとか、使えます(笑)
実は私、昨年の語学研修が終わったあと、購入したテキストをさりげなく勉強してました。JICAは10日間しか語学研修の時間がなくて、時間的にきちんとした文法を学ぶのには限界があります。
テキストでわからないところを全て抽出し、同僚やPeace CorpのJくんに聞いていたものです(確か彼らの語学研修は一ヶ月くらいあったきがする。)でも、彼らはプロではないので、文法の規則性などについてわからないところがどうしても出てきちゃいます。
今回は、全てわからないところを全て先生に質問でき、満足です!
個人的に語学を学ぶのが好きだから、お腹いっぱいな三日間でした♬
最終日、質問が多すぎて先生をしばし独占してしまった・・・が、快くOKしてくれたクラスメートに感謝感謝♬
みんな、ありがと~!
青年海外協力隊平成23年度3次隊として2年間マラウィに行きます。 派遣前の故郷青森でのバケーション生活、派遣前の準備色々、派遣後の生活や社会情勢など、3年弱の間ですが、ぐだめきを発信しようと思います。 皆さんよろしくね。 Hey I'm Seiko Sei!! After four years in Shipping industry, came back to African field! Going to Malawi as JOCV through JICA for two years from Jan 2012. Hope my info would help you enjoy and know about JOCV and Malawi.
Friday, February 15, 2013
Friday, February 8, 2013
今週二回目のナプキン講座
月曜日に引き続き、本日金曜日も集まってムスリムグループのアマイ(おばちゃまたち)とナプキン講座をしました。
今回は、前回の続きです。けど、過去数回口頭での説明をし、実物のナプキンとショーツを使って、使用方法を伝授したので、とてもスムーズに進みました。
何よりも嬉しかったので、参加したアマイの殆どが、必要な道具(チテンジの布、ボタン、針、糸)を全て持ってきてくれていたことです。
参加人数は前回の23名から半分位に減っていたとはいえ、のんびり屋のMalawianの基準で考えると、多く集まってくれたと思います。
そのうちの数名は、なんと・・・!!前回の終了時点でストップすることなく、自分で出来るとこまで作業を進めてくれていました。縫い方も、私が教えた型どおりではなく、効率を考え、彼女たちのアイデアが追加されていました。
のんびり受身の印象が強かったMalawianでしたが、前回に引き続き、印象がUpしました(笑)
メンバーも自力で作業を進められる状態なので、私もナプキンをいそいそ作っていました。
以前別のグループで総スカンをくらった時に「Seiko SeiはObserveしてるだけで、何も自分でやっていないじゃないか」と痛い指摘を受けたので、なるべくメンバーと同じことをして、距離感を縮めておきたかったことが理由の一つです。
ま、サンプルがいくつかあれば、他の隊員に配ることもできるしね☆彡
活動を次につなげる準備ってことで!
今回も2時から3時半まで。人の集中力が保たれるのは90分だと某書籍で読んだので、一旦打ち止めとしましたがアマイ達は楽しかったらしく、私が帰ったあともおしゃべりしながら続けているみたいです。
お裁縫の得意な人は、無事完成することができました。
「見た目のわかりやすいものが大好き」なMalawianの特性を鑑み、完成したナプキンをショーツに付けて、固い握手&拍手でお祝いをしました☆
「自分で新しいものを作れる」という自信につながることを願います。
次回のムスリムグループ訪問は、再来週の月曜日。
今回来れなかったメンバーの続き、使用したナプキンを手洗いすることの大切さ、ナプキンの販路開拓についてメンバーと意見交換を出来たらと思います。
必ずしも形に残る援助が大事だってわけじゃないのはわかっていたものの、マラウィにいると「何をくれるの?」「何か新しい技術を伝承してくれるの?」という期待が最優先過ぎて、任期終了の自分の立ち位置が一体どうなることやら、不安でした。
ハードの援助、ソフトの援助双方のバランスが肝心だと思います。
とりあえず、ナプキン作りというハード面はどうにかなりそうで安心。
あとは、販路開拓とか、ビジネスのコツとか、ソフト面でもメンバーと新しいことを共働していきたいです。
家を出る時、雲行きがとっても悪くて、雨が降りそうでした。
活動先につく頃には土砂降りで誰も人が集まらないだろうから行かない方がいいんじゃないかって悩んで、大変気が重かったけど、いざ行ってよかったです。
実は、福島に住むお世話になったシスターが送ってくれたポストカードのメッセージのおかげです。
'大切なのはどれだけたくさんのことをしたかではなく、どれだけ心をこめたかです'
気持ちが萎えそうな時に、我が家で一番目に付く冷蔵庫に貼ってるこのメッセージで心の栄養補給をしています。
というわけで、
良い週末を。
Have a nice weekend!
Wikiendi Wiweme!
今回は、前回の続きです。けど、過去数回口頭での説明をし、実物のナプキンとショーツを使って、使用方法を伝授したので、とてもスムーズに進みました。
何よりも嬉しかったので、参加したアマイの殆どが、必要な道具(チテンジの布、ボタン、針、糸)を全て持ってきてくれていたことです。
参加人数は前回の23名から半分位に減っていたとはいえ、のんびり屋のMalawianの基準で考えると、多く集まってくれたと思います。
そのうちの数名は、なんと・・・!!前回の終了時点でストップすることなく、自分で出来るとこまで作業を進めてくれていました。縫い方も、私が教えた型どおりではなく、効率を考え、彼女たちのアイデアが追加されていました。
のんびり受身の印象が強かったMalawianでしたが、前回に引き続き、印象がUpしました(笑)
メンバーも自力で作業を進められる状態なので、私もナプキンをいそいそ作っていました。
以前別のグループで総スカンをくらった時に「Seiko SeiはObserveしてるだけで、何も自分でやっていないじゃないか」と痛い指摘を受けたので、なるべくメンバーと同じことをして、距離感を縮めておきたかったことが理由の一つです。
ま、サンプルがいくつかあれば、他の隊員に配ることもできるしね☆彡
活動を次につなげる準備ってことで!
今回も2時から3時半まで。人の集中力が保たれるのは90分だと某書籍で読んだので、一旦打ち止めとしましたがアマイ達は楽しかったらしく、私が帰ったあともおしゃべりしながら続けているみたいです。
お裁縫の得意な人は、無事完成することができました。
「見た目のわかりやすいものが大好き」なMalawianの特性を鑑み、完成したナプキンをショーツに付けて、固い握手&拍手でお祝いをしました☆
「自分で新しいものを作れる」という自信につながることを願います。
次回のムスリムグループ訪問は、再来週の月曜日。
今回来れなかったメンバーの続き、使用したナプキンを手洗いすることの大切さ、ナプキンの販路開拓についてメンバーと意見交換を出来たらと思います。
必ずしも形に残る援助が大事だってわけじゃないのはわかっていたものの、マラウィにいると「何をくれるの?」「何か新しい技術を伝承してくれるの?」という期待が最優先過ぎて、任期終了の自分の立ち位置が一体どうなることやら、不安でした。
ハードの援助、ソフトの援助双方のバランスが肝心だと思います。
とりあえず、ナプキン作りというハード面はどうにかなりそうで安心。
あとは、販路開拓とか、ビジネスのコツとか、ソフト面でもメンバーと新しいことを共働していきたいです。
家を出る時、雲行きがとっても悪くて、雨が降りそうでした。
活動先につく頃には土砂降りで誰も人が集まらないだろうから行かない方がいいんじゃないかって悩んで、大変気が重かったけど、いざ行ってよかったです。
実は、福島に住むお世話になったシスターが送ってくれたポストカードのメッセージのおかげです。
'大切なのはどれだけたくさんのことをしたかではなく、どれだけ心をこめたかです'
気持ちが萎えそうな時に、我が家で一番目に付く冷蔵庫に貼ってるこのメッセージで心の栄養補給をしています。
というわけで、
良い週末を。
Have a nice weekend!
Wikiendi Wiweme!
Thursday, February 7, 2013
別れが多いマラウィ
先々月、先月。マラウィは人がしょっちゅう死ぬなぁ。って思ってしまう出来事が続きました。
12月、活動先のグループの女性が、なくなったと、リーダーから連絡がありました。
上の子供が18歳くらいならしいので、彼女は恐らく30代後半だったと思う。
私は行けなかったけど、12月26日にお葬式がありました。
亡くなった理由はエイズ。旦那さんが奥さんに薬を飲むなって言ってたらしいです。
その理由はわからないけど、コミュニティに根付く偏見みたいです。
村に住む日の中では、エイズにかかっていることを未だに隠したがる人が多いです。
だから、奥さんが病院に行って、エイズだってのが街の人に知られたら大問題なのかもしれない。
私が彼女を最後に見たのは・・・10月くらいだったかしら。
家の門を開けたら、彼女がちょうど歩いていた。その時は、見た目は何も変わりがなく、「今度活動先で会おうね~!」って極めて普段通りの挨拶だった。
それが最期の別れになるとは・・・。
そして、二つ目。
先月マラウィに戻った時に、Peace CorpのAくんとJくんに日本のお土産を渡しました。
(Aくんには、おカキをチーズで挟んだやつ。Jくんには大根の種)
その時に、いつもお世話になっていたタクシー運転手Cさん(多分年齢は私と同じくらい)がなくなったと聞きました。
正直、「また知り合いが亡くなったの~?!」あまりの間隔の短さに驚きました。
彼もやっぱりエイズ。薬を飲むのが面倒くさくて、ほっといたそうです。
そしたら、免疫力が下がり、ちょっとした風邪から体がどんどん弱り、12月28日に病院に搬送され、1月2日に亡くなったそうです。
私が日本で生魚を食べていた頃、彼の短い人生は終幕を迎えたのです。なんか、不思議だよ。
・・・訃報の知らせを聞いて、咄嗟に頭に心当たりが思い浮かびました。
12月15日、友人が家にくるってことで、彼の家の近くにタクシーを呼んで、うちまで送ってもらおうって話になりました。
そこで、例の運転手Cさんに電話をしました。電話口では、「今から行くぜー」って、普段と変わらないチャラいノリだったのですが、一時間経っても、タクシーは来ませんでした。
不安に思った私は10回くらい電話したのですが、電話には出ず。でも、その後一回だけ意味深なワン切りが私の携帯にありました。
その日は結局別のタクシー運転手に友人のピックアップをお願いしました。
貴重な友人と過ごせるはずの一時間が非生産的に終わってしまったのはお前のせいだ!と私は怒り、次にあったらクレームの一つでもつけてやろう!と思っていたのです。
でも、クレームなんかつけられないよね。
亡くなってしまったんだから。
一方、時系列がさかのぼります。
12月12日にAくんが例のCさんのタクシーを使おうと思って電話しようとしていたところ、私の活動先のリーダーに、Cさんが具合が悪い旨を聞き、別のタクシーを使ったとのことです。
そう考えると、私が彼に電話したときは、時すでに遅しで、とても働ける状態ではなかったんだと思います。
もともとガリガリに痩せてる人でした。あんまり痩せてるから、きっと胃下垂なんだろうと思っていたけど、今思えば、エイズの薬飲んでないから痩せてたんだろうな。
ところで、マラウィでエイズになった人の薬(体の免疫力低下を防ぐ薬、ARVといいます)、タダで病院やヘルスセンターでもらえます。どっこい、飲んでいない人が多い。
毎日決まった時間に薬を飲むのが面倒くさい、病院が遠い、近所の人にエイズだと悟られたくない、とか。それぞれの事情で。
日本人の感覚からしてみれば、エイズは薬さえ規則正しく飲んでいれば死なない病気。
それなのに、マラウィでは私たちから見ればごく簡単なことができず、人がバタバタ亡くなる。
「薬を国民のアクセス出来る場所に置いて、決まった時間に飲むように啓発活動をする」っていうシンプルなことができないマラウィ。カオスですね。
本当は、亡くなった人のことを悲しむだけでいいんだろうけど、正直・・・
病院他、医療系の職種で働く隊員たち、本当に大変だと思います。
ただ悲しいっていうだけじゃ割り切れません。どこかにドライな自分もいる。
きっと、残りの一年間で、また数人私の知ってる人が亡くなるんだろうな。
先日亡くなった二人の冥福をお祈りします。
12月、活動先のグループの女性が、なくなったと、リーダーから連絡がありました。
上の子供が18歳くらいならしいので、彼女は恐らく30代後半だったと思う。
私は行けなかったけど、12月26日にお葬式がありました。
亡くなった理由はエイズ。旦那さんが奥さんに薬を飲むなって言ってたらしいです。
その理由はわからないけど、コミュニティに根付く偏見みたいです。
村に住む日の中では、エイズにかかっていることを未だに隠したがる人が多いです。
だから、奥さんが病院に行って、エイズだってのが街の人に知られたら大問題なのかもしれない。
私が彼女を最後に見たのは・・・10月くらいだったかしら。
家の門を開けたら、彼女がちょうど歩いていた。その時は、見た目は何も変わりがなく、「今度活動先で会おうね~!」って極めて普段通りの挨拶だった。
それが最期の別れになるとは・・・。
そして、二つ目。
先月マラウィに戻った時に、Peace CorpのAくんとJくんに日本のお土産を渡しました。
(Aくんには、おカキをチーズで挟んだやつ。Jくんには大根の種)
その時に、いつもお世話になっていたタクシー運転手Cさん(多分年齢は私と同じくらい)がなくなったと聞きました。
正直、「また知り合いが亡くなったの~?!」あまりの間隔の短さに驚きました。
彼もやっぱりエイズ。薬を飲むのが面倒くさくて、ほっといたそうです。
そしたら、免疫力が下がり、ちょっとした風邪から体がどんどん弱り、12月28日に病院に搬送され、1月2日に亡くなったそうです。
私が日本で生魚を食べていた頃、彼の短い人生は終幕を迎えたのです。なんか、不思議だよ。
・・・訃報の知らせを聞いて、咄嗟に頭に心当たりが思い浮かびました。
12月15日、友人が家にくるってことで、彼の家の近くにタクシーを呼んで、うちまで送ってもらおうって話になりました。
そこで、例の運転手Cさんに電話をしました。電話口では、「今から行くぜー」って、普段と変わらないチャラいノリだったのですが、一時間経っても、タクシーは来ませんでした。
不安に思った私は10回くらい電話したのですが、電話には出ず。でも、その後一回だけ意味深なワン切りが私の携帯にありました。
その日は結局別のタクシー運転手に友人のピックアップをお願いしました。
貴重な友人と過ごせるはずの一時間が非生産的に終わってしまったのはお前のせいだ!と私は怒り、次にあったらクレームの一つでもつけてやろう!と思っていたのです。
でも、クレームなんかつけられないよね。
亡くなってしまったんだから。
一方、時系列がさかのぼります。
12月12日にAくんが例のCさんのタクシーを使おうと思って電話しようとしていたところ、私の活動先のリーダーに、Cさんが具合が悪い旨を聞き、別のタクシーを使ったとのことです。
そう考えると、私が彼に電話したときは、時すでに遅しで、とても働ける状態ではなかったんだと思います。
もともとガリガリに痩せてる人でした。あんまり痩せてるから、きっと胃下垂なんだろうと思っていたけど、今思えば、エイズの薬飲んでないから痩せてたんだろうな。
ところで、マラウィでエイズになった人の薬(体の免疫力低下を防ぐ薬、ARVといいます)、タダで病院やヘルスセンターでもらえます。どっこい、飲んでいない人が多い。
毎日決まった時間に薬を飲むのが面倒くさい、病院が遠い、近所の人にエイズだと悟られたくない、とか。それぞれの事情で。
日本人の感覚からしてみれば、エイズは薬さえ規則正しく飲んでいれば死なない病気。
それなのに、マラウィでは私たちから見ればごく簡単なことができず、人がバタバタ亡くなる。
「薬を国民のアクセス出来る場所に置いて、決まった時間に飲むように啓発活動をする」っていうシンプルなことができないマラウィ。カオスですね。
本当は、亡くなった人のことを悲しむだけでいいんだろうけど、正直・・・
病院他、医療系の職種で働く隊員たち、本当に大変だと思います。
ただ悲しいっていうだけじゃ割り切れません。どこかにドライな自分もいる。
きっと、残りの一年間で、また数人私の知ってる人が亡くなるんだろうな。
先日亡くなった二人の冥福をお祈りします。
Wednesday, February 6, 2013
ナプキン講座本格始動!!
Seiko Seiは日頃ちゃんと活動してるのか・・・と、祖父母が心配しそうなので、きちんと活動について述べようと思います。
最近、ようやくナプキン作りが本格始動しました。
11月に110キロ離れたMzuzuにお勉強しに行き、12月は首都での隊員総会及びクリスマスで慌ただしく過ぎ去っていきました。
その間も、グループを回って、ナプキン作りましょうって宣伝&作り方の説明を何どもこころみたもものの。結構ドタキャンなどがあって、うまいこと進んでいませんでした。
ま、物事の進みがものすごくゆっくりなのは、カメルーンにいたころから慣れっこだったので、自分に責任は感じていなかったんだけど・・・でも、気になるよね。日本に帰ってちょうど良くリフレッシュしたので、またグループを回りました。
今日の投稿で載せるのは、街中にて活動する、イスラム系おばちゃまの会です。
ムスリムグループと呼んでいます。
(マラウィのイスラム教徒は10%弱なはず!)
メンバーは23名。
街中のモスクの横で集まって、毎週月曜日14時から、少額貯金をしています
わたしは、グループ貯金のモニタリングをしつつ、なんか新しいことをメンバーに学んでもらうために立ち回らなければなりません。
そのネタの一つとして布ナプキン!というわけ。
2週間前に顔を出して、講座を行う日にち&必要な持ち物(ハサミと針)を連絡しました。
のんびりなマラウィ人のことだから、当日私の存在が忘れられていても仕方ないだろうなとは思っていました。・・・が、みんな超やる気満々で集まってくれていたのです。
なんとおばちゃまたち、ハサミと針の他に、ナプキンに使う布と糸まで持ってきてくれていたのです!
当日は、型紙から布を裁断するところまでしかすすまないかなって思っていたから、針とハサミだけでよかったのに・・・布はお金がかかるから、私が用意してきたのに・・・
おばちゃまたちの妙なやる気、嬉しかったです!!!
メンバーの中では、ミシンを持ってる人もいるとはいえ、大半は持っていないおばちゃまたちなので、全員手縫いでスタートしました。
ムスリムの方たちなので、頭に綺麗なスカーフを巻いてますね。
型紙から布を着るアマイ(現地語でおばちゃま、という意味)。
ほんとは、3時までやる予定だったのですが、おばちゃまたちがヒートしてきて、結局3時半までやりました。
やっぱり、国籍は違えど、新しいことを学ぶと、楽しくて盛り上がるのはどこも同じみたい☆
次回は、次の金曜日に定例ではないミーティングを開き、続きを作ります。
皆さんやる気に満ち満ちているので、私は嬉しい限りです。
生理の時の不快さが少しでも布ナプキンで減ってくれるといいなぁ~!
Tuesday, January 29, 2013
中間報告終了!!!
本日、JICAオフィスにて活動中間報告をしてきました。
過去一年間の集大成を、パワーポイントの資料でプレゼンテーションをしました。
この一年間、大して何もやってないんだけど、ある程度プレゼンテーションの体裁は、できるものです。みゃはは。
すごく印象的だったのが、私のプレゼンを見ていたJICAスタッフの方が、とても真剣かつ積極的に私の話を聞いていてくれていたことです。
自分の話に興味を持っていてくれてるって感じることが、とっても嬉しかったのが正直な感想。
特に、N調整員は、1年近く我がムジンバに住んでいたので、私の家主の話や、活動先のおばちゃまがどんな人なのかも熟知しており、私の思うところに多々同意してくれました。
今年は、JICAの方にご迷惑をかけないように、態度を直して頑張っていきたいと思います。
なんでご迷惑をかけたかは、秘密です。。。ち~ん。
過去一年間の集大成を、パワーポイントの資料でプレゼンテーションをしました。
この一年間、大して何もやってないんだけど、ある程度プレゼンテーションの体裁は、できるものです。みゃはは。
すごく印象的だったのが、私のプレゼンを見ていたJICAスタッフの方が、とても真剣かつ積極的に私の話を聞いていてくれていたことです。
自分の話に興味を持っていてくれてるって感じることが、とっても嬉しかったのが正直な感想。
特に、N調整員は、1年近く我がムジンバに住んでいたので、私の家主の話や、活動先のおばちゃまがどんな人なのかも熟知しており、私の思うところに多々同意してくれました。
今年は、JICAの方にご迷惑をかけないように、態度を直して頑張っていきたいと思います。
なんでご迷惑をかけたかは、秘密です。。。ち~ん。
最近の活動。生理用ナプキンについて
みなさんこんにちは。
しばらくブログの更新を休んでいました。活動先の人間関係がおもうようにうまくいかず、自武運の中に余裕がなかったからです。今は、解決したので、こうしてブログ更新に勤しめます。
さてさて、11月半ばに100キロ離れた街、Mzuzuにいって、同期のMちゃんと一緒に布ナプキンの作り方を学んできました。
1年先輩の隊員さんが、女性たちに教えており、結構軌道に乗っている活動らしい。
現地の女性の生理事情は、日本人から見ると結構悲惨なので、私も任地の女性の生活向上に役立てばと思い、お勉強させていただくことになりました。
マラウィのナプキン事情について。
この国、自国でほとんどのものづくりができません。よって、ほとんどすべての加工品は、高い石油代を払って輸入する必要が有り、その結果市場価格は跳ね上がります。
例えば、10個入りのナプキンは、300 Malawi Kwacha (以下MK)= USD 1 弱。
これに対して、マラウィ人の平均的な年収は、約USD 350.
これは、あくまで「平均年収」。
私が関わるのは、現金収入がほとんどない、村人のおばちゃんや、孤児たち。彼らにとって生理用ナプキンはとっても高価なものなのです。
だから、ナプキンを購入できる人は、ほんのひと握り。あとは、チテンジ(マラウィの伝統的な布)を膣の中に入れたりして、やり過ごしています。
現地の方曰く、とても不快ならしいです(当たり前だけど)。
お金のあるなしにかかわらず、ひとりの女性として、「いつ経血がもれるかわからない状態にハラハラ過ごす一週間」は、あんまりだー!!(`・ω・´)と私は感じ、布ナプキン普及を活動の一環にしようと心に決めたのでした。
作り方は、割と簡単。
チテンジを切って、袋状にし、中にタオル地の布を入れて、経血を吸収する部分ができます。
ボタンのついたバンド部分を作り、パンツにつけて使います。羽根つきナプキンみたいな用法で。
悲しいことに、現物の写真を撮り忘れたので、説明がうまくできません。
とりあえず、手縫いでもミシンでもできます。
久しぶりに、10年以上ぶりにミシンを使いました。電動ではなく、足踏みミシンです。
以前三丁目の夕日で読んだ、テイラーさんのエピソードを思い出します。
マラウィは、いつだって昭和の香りを漂わせています。
こんなふうに布をチョキチョキしてきました。
完成品の写真、なぜ撮ってないのか自分にも記憶がないので、後日のせます。
ナプキンのパッド部分のために、袋状にしました。
今どうゆう状況かというと、活動先(主に二つのグループ)でナプキン制作へ動き出したところです。
11月にお邪魔させてもらったのですが、もともと活動先の人間関係に疲れて迅速な行動が取れなかったこと、12月は隊員総会とクリスマスという季節的な事情があったこと、1月は日本への一時記憶があったこと、により、ほんと、一部のグループで作り始めましたって感じです。
ひとつのグループは、これまでもメインで活動していたところ。最近、某団体から援助をもらい、ムジンバ県から孤児の女の子たち(17歳くらいでしょうか)を15名ほど集めて、活動先に泊まり込みをさせ、裁縫やパンの焼き方を教えることになりました。
私の活動は、お裁縫の一環として取り入れられるようです。
ふたつめのグループは、私の街にある、イスラム系女性が集まるグループです。
彼らはほぼ全員が成人した女性で、家庭を切り盛りしています。所得向上に結びつくよう、ナプキン作りの他に、販売の際のマーケティング戦略も一緒に考えていけたらと思います。
この活動が、女性たちのより心地いい毎日につながることを願って・・・☆彡
Tuesday, November 6, 2012
11月3日、IWAMバザー出品
活動先のバッグを売るべく、首都に凱旋してきました。
首都のInternational Schoolの婦人会が毎年企画しているイベント、IWAMバザーです。
実は、この2週間前に首都でOVOP(一村一品)フェアというイベントが行われたのですが、立地の悪さと、OVOPの知名度の低さで、お客の入りが悲しいくらいに悪かったのです。
だから、リベンジってことで、急遽参加することになりました。
Marketing Researchも兼ねて、活動先のリーダーのおばちゃま、Lさんも連れて行きました。
催し物も割に充実していて、お昼過ぎにはアクロバット的なこと(バク転やらちょっとした組体操など)をお兄さん達がやっていました。多分、通っていた中学の器械体操部の人たちの方が断然うまいと思う。けど、ここは娯楽の少ないマラウィ。喜びのハードルが格段に日本にいるより低いので、そこそこ楽しめました。
周りにはちびっこや、パパ&ママ達がたくさん集まった。
15歳くらいの男の子と女の子が手をつなぎながら、一緒に歩いているのを見て、微笑ましくなりました。
催し物を見ている白人さんたちを見ていると、自分がマラウィにいることを一瞬忘れそうになります。てか、こんなにいる外国人、このしょぼい国で何の仕事してるのかな。
多くは政府関係か、援助機関かしらん。
私のとこのバッグも前回の10倍ほど売れ、おばちゃま、とっても喜んでいました。
お客さんの意見や好みについて情報収集できたから、なおさら☆彡
ほんとは、こういうイベント、隊員がいなきゃコネクション的に参加するのは難しいから、あんまり賛成できなかった。でも、せっかくあるイベントだし、売上というCashがとっても欲しいだろうし、どうすればいいかわからない状態で、販売活動に勤しむ私がいます。
これからの自分の活動がどういう路線になっていくのか・・・赴任9月目にして全然定まりません。
ここまで浮遊しなきゃいけない援助という仕事。
本気で首突っ込んだら、もんのすごく奥深いんだろうなって感じます。
首都のInternational Schoolの婦人会が毎年企画しているイベント、IWAMバザーです。
実は、この2週間前に首都でOVOP(一村一品)フェアというイベントが行われたのですが、立地の悪さと、OVOPの知名度の低さで、お客の入りが悲しいくらいに悪かったのです。
だから、リベンジってことで、急遽参加することになりました。
Marketing Researchも兼ねて、活動先のリーダーのおばちゃま、Lさんも連れて行きました。
顧客層が今回は、お金持ちの白人さんたちだったので、前よりもたくさん売れました。
アフリカでもかなりショボい国、マラウィにもこんなに白人が住んでいるのか?!と思うほど人がたくさんいました。
バザーってこともあり、綿あめやソフトクリームを売ってるブースがあり、それだけで楽しくなったな~(((o(*゚▽゚*)o)))
一緒に行った隊員さんについて☆
1.デッザのTさん(村落開発普及員)
瓶のボトルで鍋敷きやピアス、写真立てを販売。デザインが可愛く、鍋敷きがちょっと高い割に好評(MK1,000 = JPY250)
デッザは、首都から80キロほどで、世界遺産の壁画があるそうです。
あと、白人経営のお店でおいしいチーズケーキが食べられます。
2.ナミテテのMちゃん(青少年活動)
マラウィの布Chitenjeで作ったシュシュ、バッグなどを販売。シュシュは小さく安価(MK100=JPY25より)なので、ちょっとしたお土産にってことで結構売れていた。
マラウィの布Chitenjeで作ったシュシュ、バッグなどを販売。シュシュは小さく安価(MK100=JPY25より)なので、ちょっとしたお土産にってことで結構売れていた。
実家が以前私が住んでいた町田に近く、小田急線が懐かしいよねって話で盛り上がりました。
3.ムワンザのRさん(村落開発普及員)
前任者がはちみつ製品にものすごく力を入れていたので、その流れを引き継ぎ、はちみつはもちろん、蜂の蝋で作ったロウソクやバナナワインを販売。商品のラベルが綺麗なので、今後のためにどんなふうにして作ってるのか聞いてみようと思っています。
催し物も割に充実していて、お昼過ぎにはアクロバット的なこと(バク転やらちょっとした組体操など)をお兄さん達がやっていました。多分、通っていた中学の器械体操部の人たちの方が断然うまいと思う。けど、ここは娯楽の少ないマラウィ。喜びのハードルが格段に日本にいるより低いので、そこそこ楽しめました。
周りにはちびっこや、パパ&ママ達がたくさん集まった。
15歳くらいの男の子と女の子が手をつなぎながら、一緒に歩いているのを見て、微笑ましくなりました。
催し物を見ている白人さんたちを見ていると、自分がマラウィにいることを一瞬忘れそうになります。てか、こんなにいる外国人、このしょぼい国で何の仕事してるのかな。
多くは政府関係か、援助機関かしらん。
私のとこのバッグも前回の10倍ほど売れ、おばちゃま、とっても喜んでいました。
お客さんの意見や好みについて情報収集できたから、なおさら☆彡
ほんとは、こういうイベント、隊員がいなきゃコネクション的に参加するのは難しいから、あんまり賛成できなかった。でも、せっかくあるイベントだし、売上というCashがとっても欲しいだろうし、どうすればいいかわからない状態で、販売活動に勤しむ私がいます。
これからの自分の活動がどういう路線になっていくのか・・・赴任9月目にして全然定まりません。
ここまで浮遊しなきゃいけない援助という仕事。
本気で首突っ込んだら、もんのすごく奥深いんだろうなって感じます。
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